記憶喪失

ゴールデンウィークなので実家にいる。

 

実家で母が一日中、実家を出た子供達の持ち物を整理していた。私の学生時代は、小学校時代は穏やかな日々で概ね良好、中学時代は特に良い思い出は無し、高校時代は穏やかな日々ではないが概ね良好、というおおまかなイメージが自分の中であった。しかし、母が私の持ち物を整理しているのを見て、実はそうでもなかったということを思い出した。

 

天は二物を与えずという。ならば私に与えられた一物とは何か。将来に役立ちそうな特技や才覚として与えられたものは特に心当たりはない。だが性質的なものなら、嫌な思い出がほとんど記憶に残らないという性質は自分を生きやすくしてくれる大きな長所の一つだと思う。

 

しかしこれは本当に良いことだろうか。例えば自分に非がなく一方的に被害を被ったことならば、さっさと忘れるのが一番良いだろう。しかし、自分に非があった場合は?例えばいじめっ子が、自分がいじめっ子であったことを忘れてしまうみたいに。反省の機会を失ってしまうことは長期的に見れば自分自身にとっても損である。特に、重要な事柄に対して脚色された記憶が残るのはいかがなものか。

 

正直、小中学校時代に対して脚色された記憶が残っているというのはとりあえずどうでも良いが、身近な人に対してはそれでは問題がありそうだ。実は何度も問題があると感じたことが既にある。主に、家族間での会話の中であまり良くない過去の話をするときだ。

 

家族に対する認識は(それぞれの地点に対しての明確な記憶は既にないが)、めまぐるしく変化しているという感覚がある。これはほとんど家族ではなく、自分自身の問題ではあるが、だからこそ重要であると考える。

 

そこで、自分の家族についてこの地点における認識を記録しておこう、と思う。両親については、未だに不明点が多い上に、対等な存在ではないから書けることは殆どない。しかし弟1〜3は、母の腹から出てきた時から知っているし、最も長い時間を過ごし、最も自分自身の人格形成に影響を与えたと思うから、書けることも書いておくべきこともたくさんありそうだ。だからこの後で弟1〜3について、この地点での認識を書いていこうと思う。弟1〜3はそれぞれ魅力的な人物なので、皆さんへの紹介も兼ねて、これらの文章は公開することにする。